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Mitsuyo Kakuta

角田光代氏のエッセイ「それぞれのウィーン」

角田光代
1967年、神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。90年「幸福な遊戯」で海燕新人文学賞を受賞しデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、98年『ぼくはきみのおにいさん』で坪田譲治文学賞、『キッドナップ・ツアー』で99年産経児童出版文化賞フジテレビ賞、2000年路傍の石文学賞、03年『空間庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、06年「ロック母」で川端康成文学賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『かなたの子』で泉鏡花文学賞、同年『紙の月』で柴田錬三郎賞を受賞。『三月の招待状』『森に眠る魚』『くまちゃん』『ひそやかな花園』『私のなかの彼女』など著書多数。

角田光代氏の「それぞれのウィーン」は、雑誌「スケープス」の8月号に掲載されます。

それぞれのウィーン

そのとき私は三十六歳で、人生において、諦め、手放していることがあった。映画を観ても小説を読んでも絵画を見ても音楽を聴いても、心をつかまれて揺さぶられる、というようなことが、久しくなくなっていた。二十代のころにそうだったような、ああした生々しい感動は、この先もう得られないんだろうなと思っていた。新しいものではなく、若いときに衝撃を受けたいくつかの小説を読み返し音楽を聴き続け、そうして老いていくのだろうなと、諦めていた。この先も続く、感動のない人生には失望したけれど、しかたのないことだった。
旅も然り。夏も終わったころにようやくとれた夏休みのいき先に、ウィーンを選んだのは、とてもいいところだとだれかから聞いたからだった。たしかにとてもいいところなのだろうと、出発前に思っていた。でもきっと、「とてもいい」以上のことはないだろうな、とも。そのへんてこりんな建物を見つけるまで。

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出典「1865、2015、リング通りの150年:13人の観察
192ページ、出版社 Metroverlag ウィーン 2014(ISBN 978-3-99300-175-9), 19.90 ユーロ

雑誌 'Scapes スケープス

それぞれのウィーン

そのとき私は三十六歳で、人生において、諦め、手放していることがあっ
た。映画を観ても小説を読んでも絵画を見ても音楽を聴いても、心をつか
まれて揺さぶられる、というようなことが、久しくなくなっていた。二十代の
ころにそうだったような、ああした生々しい感動は、この先もう得られない
んだろうなと思っていた。新しいものではなく、若いときに衝撃を受けたいく
つかの小説を読み返し音楽を聴き続け、そうして老いていくのだろうなと、
諦めていた。この先も続く、感動のない人生には失望したけれど、しかたの
ないことだった。

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